灰色の虹/和泉聖治
―――厚かった。
非常に深みのある厚さで、堪能させていただきました。
や~っぱり和泉監督だったか~!!!
と最後には大喜び。
うん、やっぱりな・・・・・。
「相棒」での心情描写の丹念さは、やはりこの人ならでは、なのだ。
特に目を見開くような謎のある事件ではなく、
おそらく、する人がすれば、恐ろしくチープな表現になりかねない、
そんな”復讐劇”でした。
それをここまで厚く、初めから目を逸らさせず、のめりこませてくれたのは、
大半、出演された俳優陣の深い演技にあると思うのです。
俳優が”豪華”ってだけで、上っ面を撫でるようなドラマは数在れど、
こんなに隅々まで行き届いた、総ての俳優陣が活きているドラマって、そうはない。
出演された総ての方が、間違いなく実力派であることを、充分に知ることができました。
嬉しい。
(勿論、好きな人たちの名がテレビ欄に躍っていたからこそ録画したのですが!)
桔平さんも伊武さんも塚本高史さんも大好きさvv
そんな中で、監督を監督たらしめている要素は何か―――
不思議です、そんな奇抜な演出方法ってわけでもしないし、
ただ丹念に心情を追いかけているだけ、といえなくもない。
しかし、しみじみ思い返してみると、
非常に絶妙な間合いと、カット、それに言葉ではなく映像で語るという、煩い説明がなかったんだなと判りました。
たとえば冒頭の、若い男女のプロポーズシーン。
ほんとにありふれたシーンだろうに、あの彼らの雰囲気だけで、
見てる人間ですら「この二人の関係が”逮捕”だけで変わるとは思えない」と信じられる。
あの女の子が、そういう裏切り方をするかしら、とちゃんと疑えるんだもの。
あとは、そうだな、
様々な社会問題が山積みだったけれど、
最終的に残るのは”人への想い”だったな、ということか。
つまり、主軸がぶれていない、あちこち枝葉を追い過ぎてない。
テーマ性は、和泉監督と原作の貫井徳郎氏の相性が抜群だったとも言えそうだ。
無意識に埋め合わせる想像があって、それが見るものに奥行きを感じさせ、
そして演技にも演出にも、何処にも白々しさがない。
ただ”生きる”ことについて想わされる。
陳腐に語られすぎた「ありふれた物語」にも、ひとりひとりにとっては「ただひとつの物語」であること――――
物語に慣れすぎた私たちも、反省することがたくさんある。
そんなことを想ったり、しました。
良いですね。
久々に濃密な視聴感、がっつり味わうことが出来ました。
「どうして?私は好きよ、星雲みたいで」
(灰色の虹/監督・和泉聖治、2012年。テレビ朝日)
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